第2章 劉備 義によって徐州を得る
董卓の死後、平原の相となっていた劉備のもとに、
黄巾の残党・管亥の攻撃にさらされた孔融から救援を求める使者が訪れた。
劉備は自ら北海へ援軍に赴き、関羽らの活躍で賊軍を撃破する。その勝利の宴のなか、徐州の陶謙が曹操軍の侵攻を受け危機に瀕しているという状況を聞かされた、
情と義に厚い劉備は、すぐさま陶謙の元へ援軍に向かうことを決意した。
徐州に入った劉備だったが、攻め寄せる曹操軍は大軍であり、撃退は困難であると思われた。
そこで劉備は曹操に対して和解を提案。曹操はこれを拒否する構えであっただが、本拠地が呂布に奪われたとの報に接し、これを受け入れる。
曹操の撤退後、陶謙は自分たちでは徐州を守りきれぬとして劉備にこの地を譲ろうとする。
何度も固辞する劉備であったが、病に倒れた陶謙の最後の頼みを聞き入れ、徐州を預かることになった。
曹操が大軍をもって奪えなかった地を、劉備はその義によって手に入れたのである。